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Rubrica / コラム

繊維がつないだ日伊の姉妹都市
— 桐生×ビエラ、十日町×コモの60年

織物のまち同士が国境を越えて手を結んだのは、観光ブームよりずっと前のことでした。桐生とビエラ、十日町とコモ。産業でつながった姉妹都市の60年から、これからの国際交流のかたちを考えます。

姉妹都市と聞くと、多くの方は文化交流や青少年のホームステイを思い浮かべるかもしれません。しかし日本とイタリアの間には、それとは少し違う成り立ちを持つ提携があります。「同じ産業で生きてきたまち同士」が結んだ姉妹都市です。

群馬県桐生市とピエモンテ州のビエラ市が姉妹都市提携を結んだのは1963年。新潟県十日町市とロンバルディア州のコモ市は1975年です。いずれも、まちの片方だけでなく双方が「織物のまち」であることを提携の土台に置いています。半世紀を超えて続くこの関係は、これからの自治体間交流を考えるうえで、示唆に富んだ先例だと私たちは考えています。

1. 1963年、桐生とビエラ — 東京五輪より前の「産業提携」

桐生は古くから絹織物で知られ、「織都」とも呼ばれてきたまちです。一方のビエラは、アルプスの麓に位置するイタリア有数の毛織物産地。扱う素材こそ違えど、糸を織り、布をつくることを生業としてきた点で、二つのまちは共通の言葉を持っていました。

両市が提携したのは1963年。東京オリンピックの開催より前、海外渡航が今よりはるかに遠かった時代です。観光でも国際イベントでもなく、「同じ織物のまちである」という産業上のアイデンティティが、地球の反対側のまちを結びつけた。この順番は重要です。交流のために共通点を探したのではなく、共通点が先にあり、交流が後から生まれたのです。

2. 1975年、十日町とコモ — 絹がつないだもう一つの縁

十日町は雪深い土地で育まれた織物のまちであり、きものの産地として歩んできました。コモはミラノの北、湖畔に広がる絹織物のまちとして世界に知られています。両市の姉妹都市提携は1975年。こちらも「絹」という素材と、織物業というなりわいの共通性が提携の背景にあります。

桐生×ビエラ、十日町×コモ。二つの提携に共通するのは、まちの主産業そのものが外交の言語になった、という点です。行政同士の儀礼的な関係だけでなく、業界団体や企業、学校が関わる余地が最初から組み込まれていました。

3. 産業提携型の姉妹都市が持つ強み

観光地同士の提携や、歴史的な縁による提携にも、それぞれの価値があります。そのうえで、産業を共通項とする姉妹都市には固有の強みがあると考えています。

  • 話題が尽きない — 素材、技術、後継者、市場の変化。同じ産業に生きるまち同士は、何十年経っても語り合うべきテーマを共有し続けます。
  • 民間が主役になれる — 織物であれば織り手、企業、組合。行政だけでなく、産業の担い手自身が交流の当事者になれます。
  • 課題も共有できる — 産地の縮小や継承の難しさは、日本もイタリアも直面してきた課題です。悩みを共有できる相手がいることは、それ自体が資産です。
姉妹都市の本当の価値は、記念式典の写真ではなく、「同じなりわいを持つ相手と、対等に話せる関係」が続いていることにあります。

4. 60年の関係を「これから」にどう活かすか

提携から60年、50年という時間は、それだけで大きな信頼の蓄積です。ただし、蓄積は使われて初めて意味を持ちます。周年行事を節目としつつ、産業人同士の往来、若い世代の学び合い、互いの産地文化を紹介する取り組みなど、「産業のまち同士だからこそできる交流」を設計し直す好機が、いままさに訪れているのではないでしょうか。

幸い、日本とイタリアの間には、織物に限らず多様な分野で姉妹都市・友好都市の関係が積み重ねられています。自分たちのまちの提携が持つ「共通項」を改めて言葉にしてみることが、次の一手を考える出発点になります。


テクスト株式会社は、姉妹都市の歴史的な縁を、地域産業のこれからにつなぐお手伝いをしています。日伊の都市間提携の全体像は姉妹都市ネットワークのページで、イタリアとの取り組みはイタリア事業のページでご紹介しています。

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